ご挨拶

はじめまして。助産師の国定由美子です。
この度、笠岡市北部にて、小さな助産院を開院いたしました。

出生率が低下し、お産できる病院が次々と閉鎖している今、
女性が、
・赤ちゃんを産みたいなぁと思える助産院
・出産は病院がいいけど、出産後は母乳で育てたいなぁと思える助産院
を目指して開院しました。

女性が出産をし、子育てをしてくのが困難な現代で、少しでもお母さん方の側に寄り添っていけたらと思っています。

助産師1人で始めた助産院なので、私にできることはわずかでしょう。それでも、この笠岡の地で小さな光を灯していきたいと思っています。

ぜひ、いろんなことをご相談下さい。よろしくお願いいたします。

2011年4月吉日
助産師 国定由美子

開院への思い

私は、自分が助産院を開院するなんて思ってもみませんでした。そもそも、私は助産師にさえなりたいと思っていなかったのです。

高校生の頃は、保育園・幼稚園あるいは小学校の先生になりたくて、教育学科を目指していました。さらに言うと、青年海外協力隊として発展途上国で働くのが夢でした。

ところが、大学入試で教育学科は不合格となり、それでも海外への夢は諦めきれず、海外に行くのに有利だろうと思い、合格していた看護学科に進学しました。

『助産師』という職業を知ったのは、看護学生の時でした。その当時の看護学科は3年課程でしたが、まだ社会人になる気がなく、単純に赤ちゃんが好きだから、「助産師でいいかぁ。」ぐらいの軽い気持ちで、助産師学生になりました。

助産師の勉強は大変でしたが、とてもおもしろく、友人にも恵まれて、その頃から次第に助産師の仕事に夢と希望を持つようになりました。

無事卒業し、京都の病院で働き始めましたが、病院での勤務の日々は、仕事になかなか慣れず、とてもつらいものでした。

でもこのつらさは、自分に知識と経験がないからだと思っていました。そして、5年間の病院勤務を経て、ご縁あって助産院で働くことになりました。

私が、助産師になったのは、このためだった!

助産院に勤めて初めて、「私が、助産師になったのは、このためだったんだ!」と強く感じたのです。

助産院では、お産の時に産婦さんの側にずっと寄り添い腰をさすったり、おっぱいケアでお母さんの悩みをじっくりと聞くことができたり、病院勤務の時とは比べものにならないぐらいやりがいを感じることが出来ました。

そしてその頃、私自身も妊娠し、自宅にて出産しました。助産院に勤めて、3年ほど経った頃でした。

私は、自分自身の妊娠・出産・母乳育児を通して、多くの気づきを得ることができました。妊娠中は経過良好で、とにかく楽しい妊娠ライフでした。

そして待ちに待った出産の時。今まで多くの方の分娩介助をし、そのお母さん達は、痛みに耐えながらも無事に出産するのを見ていたので、自分の出産もなんとかなると甘く考えていました。

ところが・・・何が何が・・・お産の時の痛みは、言葉では表現できないものでした。そして永遠と続く、ひたすらおっぱいを吸われる日々。一体、これがいつまで続くのか・・・。

自分の出産・育児の経験と通して、「世の中のお母さんって、みんなすごい!」と心から感心しました。

母乳育児が終わっても、子育てを通しての学びは大きく、常に子供から「お母さん、どこまで我慢できますか?」と問われている気がします。

今、娘は10歳になり、実際に子育てにかける時間は減りましたが、それでも悩みは尽きません。

私には、助産師という資格がある!

この10年を振り返って(妊娠中からいうと11年)、育児の日々は大変だったけれども、私はとても幸せでした。

出産は、本当に「死ぬかも」と思うほどの痛みでしたが、生まれてきた娘をへその緒がついたまま抱きしめて、「かわいぃ~~~」と絶叫した時は、身体の震えが止まりませんでした。

母乳育児も子育ても、自分の思い通りにはいかず、涙がでたり歯を食いしばったりと、もがき苦しんだ時期もありましたが、その思いがあったからこそ、私が娘が可愛くて可愛くてたまりません。

ところが、仕事を通して出会うお母さんの中に、私が体験してきたプラスの思いではなく、マイナスの思いの中で溺れそうになっている人がたくさんいるのです。

同じ育児を体験していながら、なぜ私はプラスの感情を持ち、あるお母さんはマイナスの感情になっているのか?私が助産師だから、出産・育児に対する知識があり、それを自分の経験に活かすことができるからなのか?そうではないと思うのです。

もちろん理由は1つではなく、そのお母さんの育ってきた環境や家族の協力など、いろいろなことが複雑に絡み合っているのだとは思います。

私には、助産師という資格がある。これを、どう使って、人の役に立つことができるのか?を考え続け、「そうだ!私の住んでいる笠岡市やその近辺のお母さん方が、幸せを感じるられる出産・子育てのお手伝いをしよう!」と決心したのです。

人は、みんな何か1つの役割を持っていて、それを全うするために生まれてくると聞いたことがあります。私には、それが何か、まだはっきりとはわかりませんが、「自然分娩と母乳育児を手伝うこと」ではないかと思っています。

それが正解かどうかの答えが出るのは、まだまだ先のことかもしれません。ただ、今までの人生を振り返ると、私にはここに辿りつくべき道があって、これから先にも自分の役割に向かって進むべき道があるように思えるのです。

今は、そこに向かって、がむしゃらに頑張ってみたいと思い、笠岡の地で助産院を開院することにしました。

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